Cherry Sunburst(チェリーサンバースト)

 流石にバイヤーとして長年様々な展示会を廻り、先方からの営業などに付き合っていると大体見るべきものは見た、と言う気分になってくるもの。勿論アンテナは常に張っておりますが、想定範囲を超えるブランドにぶつかることは近年あまり無いのです。しかし。そうはいっても犬も歩けば棒に当たるの喩えもあるように、極稀にですがとんでもない作り手と出会ってしまうことがあるのです。このチェリーサンバーストはその中でもかなりの衝撃をうけたブランドでした。まずパッと見ただけでも判る素材の良さ。そして手に取ってみると判る徹底して丁寧な縫製仕様。最後に着てみて判るパターンの良さ。これはやるしかない、そう思わずにはいられない素晴らしさでした。 ディレクターの島田氏は“VAN”“JUN”と並び70年代に一世を風靡したスーツメインのブランド“PLAYROAD”で昔のテーラードの仕立てを学び、その後生地屋や縫製工場とのコラボレートを通じて素材・縫製の分野においても深く掘り下げて追求し、生地に至っては世界的な生地見本市プリミエールやトラノイ等に生地屋と共に出展し、グランメゾンからも高い評価を受けた事もあるそうです。そんな服作りの各方面において研鑽を積んだ島田氏、OEM等の仕事もこなしてきていましたが、06'AWシーズンより、満を持して立ち上げたのがこのチェリーサンバーストです。とにかく今までスキルを磨きつつも自分のブランドでなかったためにしてきた妥協を一切排除し、素材・縫製を同業他社がやろうと思わないであろうハイレベルで融合させた、まさに本物服です。
 服に本物とそうでない物があるんかいな、と言う疑問を持つかも知れませんが、例えばパンツ。中心価格帯が\48000メインと正直とんでもない値段です、皆さん読んで引いている方が多いと思われます。でも、このプライスで基本的に儲けが出ていないそうです。というのもこのパンツ全ての糸が0番糸なのです。0番糸というのは、これ以上太くすると糸ではなくて紐、という太さの糸なのですが、ワーク物をよりごつく見せるのに非常に有効で実に頑丈に荒々しく見えるのです。しかし、最近よく0番糸を使っているところがあるので見て貰うと判るのですが、表糸は0番糸でも裏糸が20番糸や30番糸な物しか無く、本来なら頑丈なはずの0番糸ですが、相方の20番30番糸に負担が掛かるためそちらが切れてしまうと意味が無く、そのため頑丈に見えるという表現になってしまうのです。で、チェリーサンバーストの場合、未だ他でやっているところを見たことがないのですが、表糸・裏糸共に0番糸を縫えるミシンを持つ日本に数件しか無い工場を使い、見た目と強度の両立に成功しています。ところがこのミシンの工賃が高い。刺繍用ミシンがベースになっている為、刺繍と同じ価格設定な上、更にそんなミシンを持っていて刺繍以外の高度な縫製が出来る工場が今使っているところ以外無い上に、そんな工場ですからパンツ縫おうがジャケット縫おうが同じ工賃を要求されれる。
 島田氏によると、本来なら普通に工賃や生地ベースで適正に利益が出る価格を付けると7・8万になってしまうそうです。それでは誰も見向きもしない、でもやりたい。そこで苦肉の策が儲け無しで卸すこと。苦肉の策って言うかそれ企業としてどうなの?と思いますが(まぁ自分もあまり人のこと言えないセレクトですが)、ほぼ原価で我々に卸す事にして付いた価格がこの\48000(+TAX)。これが高いか安いかの判断はおまかせしますが、わたくし的にはとんでもないコストパフォーマンスかと。誰もやっていない、そして実際その見た目は他を圧倒する本物オーラに溢れ、儲け無しでやりたい事を形にする事にこだわった心意気。利に賢いビジネス主体の方は何を馬鹿な、そんな物学生さんのお遊びみたいな物だ、と思うでしょう、がしかし!何処の学生さんにこれ程の技術とこだわりと完成度があるでしょう。“本物”というのは“の様な物”に常に評価を奪われ、割に合わない物です。ハンドメイドと量産品にその価格差程見た目の差がないように。だからビジネスとしてみたら“本物”を売るより“の様な物”を売った方が遙かに賢く利益も上がります。金で推し量るならそれで良いでしょう。でもそんな本物のように見せる技術とそれによって創られる文化に本当の価値はあるのでしょうか。全体で利益を出してなんとか喰えるのなら(多分このブランドだけでは食べられなくて副業で食べていると思いますが)、本物を見せたい、手にとって欲しい。その心意気のプライスです。当然そのコンセプトはブルゾン・ジャケットなどのトップスにも反映されていて、全てに渡り高度に完成されたものになっています。
 実用品でありながら素材・縫製共に本物を追求するものだけが持つ濃厚な文化そのものでもある、B.A.Tにとって取扱いアイテムの1つの理想型です。これだけパンツについて書いておいてなんですが、価格設定的にどうしてもトップスの方が多くなりますが、このパンツと合わせて負けないトップスです。パンツ共々今後根強いファンが増えることでしょう。
Cherry Sunburst Supima Cotton Light Moleskin Suede Military Shirt Jacket (税込) ¥39,900 チェリーサンバーストの定番アウターの1つ、ミリタリーテイストのシャツジャケ。シャツパターンを用いながら随所にテーラードテクニックを散りばめていて、例えばこのシャツジャケ、総裏で表地の縫製面は見えないのに袖の縫い目をしっかりと裏からパイピングしてあったり、芯が全てフラシ芯(接着剤で表地に芯を張り付けるタイプの芯が主流だが挟み込む方法で芯を入れた物をフラシ芯という)になっていたりと細部にわたり作り込まれている。ネルという比較的安価な素材を用いてコストを下げ、3万円台を実現している(同じブランドでパンツの方がアウターよりも高いってどうかとは思います('-')(,_,))が、着てみると判る完成された着心地で、アームも立体にカーブがついており動きやすく、単に廉価版という印象は全くない。付属もジップは全てriri社の物を使い、両上腕についたポケットや後のフィッシュテール(裾の切り込みの入ったところが魚の口に似ているので付いた名前)でミリタリーな表情を出している。とりあえずチェリーサンバーストを着てみようと言う方には買い易い一着で初めて買うのにお勧め。
Cherry Sunburst Cotton Grange Buggy Satin Military Cargo Pant (税込) ¥50,400 長々と説明を書いたので、パンツの作りについての説明は省略します(笑)。とは言え表裏0番糸の表情、遠目で見ても凄いですよね。厚手でトラックの幌に使われそうなゴリゴリのサテンを使って作られたカードパンツです。ベルトループやカーゴポケットに付属しているベルトまで全て0番糸で縫製されており、しかも内側の作りも凄くて、ポケットの縫製が身体に当たらない様裏地が長く付けられております。通常は腰回りのベルト裏で終わりですが、そこから15cm程付けられた裏地、そう、内側の仕様はトラッドなスラックスの物を応用しているのです。そして適度に膝を絞ったブーツカットでシルエットも綺麗に出し、股上もローライズ気味で履き易さを追求。店頭で並べても他のパンツと別次元の一本に見えてしまいます。ミルスペックを凌駕する耐久性と履き易さ、そしてトップスを選ばないシルエットの良さとディテール。履いてしまうと惚れてしまい、2本分の値段(場合によっては3本分かも)ですが、もう数はいらない、本当に良い物だけが欲しい人には間違いのない選択です。
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